未練がましい私の話

ドラマの真似事みたいだと思った。テーブルの上に「今までありがとう」なんて置手紙だけ残して、あんたは消えた。ありがとうなんて一度も言ったことなかったじゃないか。私は置手紙をくしゃくしゃに丸めて捨てる。だけど、最初で最後のありがとうだと思ったら何だか苦しくなって、私はごみ箱から丸まった置手紙を拾い、広げてテーブルの上に置きなおしていた。今もまだ、ありがとうはテーブルの上にある。

あんたの真似して吸い始めた煙草は、今となっちゃすっかり私の肺に馴染んでしまって手放せないし、あんたの真似して買うようになったべとべとに甘いジュースは今じゃ私のお気に入りだし、あんたが好きだと言って観た映画の台詞も覚えてる。あんたが教えてくれた音楽は私のBGMになって今もこの部屋に流れていて、私一人のはずなのにまるでまだあんたが居るみたいだ。

どうせなら、私が何もかも捨てられるように汚い言葉を投げつけて出て行って欲しかったな。ありがとうなんて優しい言葉で、勝手に終わらせた気になって出て行って、結局あんたは最後まで自分勝手な奴だった。だけどこうして缶チューハイ片手にあんたを思い出してる私は情けなくて涙が出る。もう一度逢えたらひっぱたいてやるなんて思うけど、きっとそんなこと出来ずに抱き締めてしまったりするんだろう。情けないな、恥ずかしいな、涙が止まらないのよ。

出会った時のあんたは行く宛てのないギター弾きだった。私の部屋を出て、今度はどこへ行ったの。もしまた行く宛てもなく彷徨っているなら、早く帰ってくればいい。あんたの特等席だったソファは空けておくから。ちゃんとおかえりって言ってあげるから。

 

缶チューハイを飲み干して、ぼんやりしてきた頭で、追いかけることもできなかったあんたの後ろ姿を想像した。